SHORT STORY

『彼方を待ちて』04. マリア

「……ふぅ」

マリーゴールド編1

新しく運び込んだシーツの皺を伸ばし、ベッドメイキングを終わらせる。
殺風景だった客間はマリーゴールドの手により、雰囲気が様変わりしていた。
部屋の電気の状況、内線といった家具のチェック。椅子やドアノブに不備が無いかといった最終確認を終え、客室の準備は全て整った。
後は明日やってくる客人を迎えるだけ。

「…………」

胸に手を当て、逸る鼓動を落ち着かせる。

マリーゴールド編2

紅葉館に最後に客が訪れたのはいつの事だろうか。
もちろんここは山奥の秘境という訳でもなく、薬師町に所属する一般の家屋であるため、訪ねてくる人はいる。
それは町長さんの使いであったり、あるいは宅配便であったり、町で注文した家具を運び入れる人であったり。

だがその人たちはあくまで目的があって訪れただけの来訪者である。紅葉館に滞在する『客』ではない。

マリーゴールドは客室メイドである。
本来は訪れる客を歓待し、持て成し、生活に不備がないように影のように寄り添うのが職務だ。
だからマリーゴールドは長らくその職務を全うできていなかった事になる。
それが今、外からの客を迎え入れる……高揚するのも無理はないだろう。

そして彼女の気分を昂らせている理由は他にもある。
やってくる相手――日下部彰が、彼女にとって恩のある人物の孫という事だ。
彼に誠意をもって尽くす事で何かしらのお返しが出来ると思うと、やる気も増すという物だろう。

マリーゴールド編3

「…………」

自らが整えた部屋を改めて見渡す。
主を迎え入れていない部屋は最低限の家具しか置かれておらず、殺風景だ。

「何か彩が合った方がいいのでしょうか……?」

季節は初夏。花々には困らない時期だ。
でも……何を? と思うと明確に答えは出せなかった。

「花……ですか?」

マリーゴールド編4

ローズマリーはこくんと首を傾げる。
少しわざとらしくも見える仕草だが、それが彼女にはよく似合っている。

「はい。調度品を並べるにしても、お客様の好みがございますし。それならば花を生けるのが良さそうに感じます」
「なるほど。それは良いとは思うのですが……」

その割に歯切れの悪い言い回しである。
マリーゴールドはローズマリーに先を促した。

「もしも花粉症などを患っていらっしゃった場合、お心づかいが裏目に出てはしまいませんか?」
「…………あ」

その可能性は全く考えていなかった。
言われてみたらその通りである。万が一の話ではあるが、今のままで良い物に手を加えた結果、客に迷惑をかける事は避けたい。

マリーゴールド編5

「……そうですね……考えが至りませんでした」
「日下部様がいらっしゃってからご相談をされても遅くは無いと思いますよ。それに彩というならば、何か私たちに縁のあるモノを使う手もあります」
「縁……ですか?」
「例えば石。……まあ、あまりやり過ぎてはアマリリスのようになってしまいますが、後は衣服、ハンカチといった布類。せっかくトレードマークがあるのですから、そういう所で自己主張を強めるのもよろしいかと」

ローズマリーは自らの髪の先端を弄る。
それは確かに分かりやすいと、マリーゴールドも頷くのだった。

――頷きはしたのだが……。

マリーゴールド編6

具体的にどうする? という点では困難を極めていた。
例えばローズマリーのように赤ならば問題はない。花、衣類、家具などに忍び込ませる事は出来る。
誰が準備したのか、誰からのメッセージなのかを自然と伝える事も可能だ。

しかしマリーゴールドの髪の色は金髪。これを色として扱った場合、自己主張が強すぎる。
金閣寺が他に類を見ない建造物として扱われているのも、一つだけだからだ。いくつもあった場合、その自己主張の強さゆえに互いの価値を貶めてしまう。

「困りました……」

他のメイドに相談しようにも、結局の所何も解決しない。
そもそも、準備自体は既に終わっているのだ。後は客人の到着を待つのみである。

けれど、館にはどこか浮ついた雰囲気が漂っており、落ち着かない気持ちを抱えているのはマリーゴールドだけではないようである。

ブラックリリーは新メニューの開拓と称し、和食と洋食を交互に出しては感想を聞いてくる。
ラベンダーは既に掃除が終わった所を一時間後にもまた見回っており、チリ一つ残さない程の徹底ぶりだ。

マリーゴールド編7

ローズマリーにしても……先ほどのやり取りは少々おかしかった。
本来ならば彼女はそのような浮ついたメイド達を嗜める立場である。
それが自己のアピールの方に話が行くなど……。

「…………」

ローズマリーならあり得なくも無いと考え、そこで思考を打ち切る。
結局の所、答えは見つからなかった。

「私がお客様に向けられる物。その気持ち……」

例えば。
ローズマリーという名の由来は海から来ている。その髪色は赤ではあるが、海のように包み込む青も彼女を象徴する色となる。
ブラックリリーはその名の通り黒だ。
ラベンダーも菫色であり、色としても表現としても一致している。

では自分はどうなのだろう?
マリーゴールドを象徴するのは黄色、黄金といった色であり、髪色にもあっている。
けれど、それその物で客を歓待するにはどうしても押しつけがましくなってしまう。

何か、何か他にもっと手は――。

「――――あ」

マリーゴールド編8

そこまで考え、彼女はやっと気が付いた。
大本から思考がずれてしまっている事に。

……浮ついているのは他の皆だけではなかった。
むしろ自分自身こそが一番浮ついていた。

マリーゴールドは胸に手を当てる。
高鳴る鼓動を収めていく。

ローズマリーの『マリー』は海のマリンから来ている。
だがマリーゴールドの『マリー』はマリアの花という意味が元だ。

ならば、見た目にこだわるのではなく、行動で示す。
そしてこの場所を好きになってもらえるように全力を尽くす。

マリーゴールド編09

それがこの場を飾る色彩となってお客様の心に残るように努力をする……。

それがマリーゴールドが見つけた心構えだった。

太陽が上に昇る。
予定の時刻が近づくにつれ、館の皆はそわそわしていた。

それは待っている彼女自身が一番強かっただろう。

マリーゴールド編10

そして――。

「いらっしゃいませ。ようこそお越し下さいました」

マリーゴールド編11

青年に向けて声を掛ける。
彼にとっても、この出会いが特別な物になるようにと祈りを込めて。