「……美味しい」 初めてにしては上出来の味で、他人に食べさせても心配ないと判断する。 買ってきた材料はまとめて入れたものの、どこにも間違いはなかったらしい。 ほんの少しだけ心配だったため、私はほっとしながら小皿に一口分だけ入れておく。 そのまま慌ててこぼさないように気をつけて、流様の元まで運んでいく。 「まだ温かいので慌てて飲まないようにしてください」 「凛子の手作りチョコレートなんだから、一気に飲むわけないじゃない」 流様は芋虫のような動き方で起き上がり、半身のままで小皿を受け取る。 単にチョコレートを溶かしただけではないと気づいてか、感嘆の声を上げながら頷く。 「匂いが分からないのが残念。でも、せっかくだから飲ませてもらうわ」 「あまり期待しないでください。何しろ初めてですので、レシピ通りに作るのが精一杯で……」 「気にしないの。普通に美味しかったら、それでOKなんだから。真悠人くんもそう思うんじゃない?」 「はい……真悠人様はお優しいので……」 「それだけじゃないと思うけどねー。じゃあ、いただきまーす」 小皿を傾けて、口に流れ込む甘い甘い飲み物。 気持ちは人一倍込めたチョコレートを嚥下して、流様は笑顔のままで感想を口にしようと―― ばたっ。 「……流様? 流様? どうかしたのですか?」 表情を固まらせたまま、完全に沈黙する流様。 優しく身体を揺さぶっても反応がなく、しばらくすると呼吸音が蘇った。 思考。そして、ぽんと自分の手を叩く。 「なるほど。疲労が取れて、安眠効果も抜群の出来栄えになったわけですね」 私は笑顔のままで眠る流様を目にして、そう解釈した。 これ以上は風邪をこじらせないように部屋まで運んだ後、身体が温まるようにベッドに寝かせる。 念のためにコートもかけたので、症状が悪化することはないだろう。 エプロン代わりの服がなくなったものの、もう冷ますだけでいいから心配ない。 キッチンに戻ろうとした時、聞き取れない寝声を耳にしたものの、夢を見ているんだろうと出ていく。 チョコレートの味も好評で終わり、残るは一口サイズに固めるだけ。 何人分できるか計算していないものの、研究所の方にも贈れる数になる。 せめてもの感謝の印に、できるだけ多くの人に渡せるのなら嬉しい。 「……そうです。寮の方には1日早いプレゼントを用意しましょう」 どうして街から離れたか分からないままだけど、きっと疲労困憊で帰ってくる。 身体の疲れに効く手作りチョコレートを食べたら、明日は心地良い目覚めが約束される。 そうすれば、バレンタインデーという大切な日を有効的に使えるはずだ。 我ながらいいアイデアだと頷いて、私は早速人数分の準備を始めた。 てきぱきと動いて、皆様が帰る前に間に合わせようと急いでいく。 特にお世話になっている方には、いち早く味わってもらいたい。そんな気持ちを抱きながら。 「待っていてください、皆様。この凛子が特製チョコを振る舞ってみせます」 残り時間は少ない。 私は魔砲器隊の全員が笑顔になる瞬間を思い浮かべながら、最後の工程に移っていった。 ……誰も止める者がいないまま。 * * * * 後日談。 773号に振り回されて夜遅くに帰った真悠人が目にしたものは、例外なく居間で倒れる女性陣だったと言 う。 2月14日の結果は……言うまでもない。 未完。 |
1ページ/2ページ/3ページ |