dandelion Record
『あかときっ!−夢こそまされ恋の魔砲−』参加中


















「一体、どこに行かれたのでしょうか?」

 某月以下略。
 ここしばらく妙に浮き足立った皆様を目にしつつ、今日という日を迎えた。
 誰もいない居間に足を運んだのは、“Dream Maker”の使い手こと丸河凛子。
 私は普段と違って静かな寮を歩き回って、全員が外出していることを確認した。

 共通して夜には帰るという書き置きがあったものの、こうもタイミングが重なるのは珍しい。
 何がどう影響しているのか分からないが、偶然は必然とはよく言ったものだ。

(真悠人様はナナミ様と出かけられていますし、今この寮には私しかいないのですね……)

 流様は研究所に泊まり込みで、クラヤミの方々は静かなもの。
 書き置きの内容が正しければ、皆様が戻るのはずっと先の話。
 アカトキ市は珍しく穏やかな空気をまとい、1日が過ぎ去ろうとしている。

 私はきちんと整理された台所まで歩を進めて、鏡のように磨かれたシンクに指先を走らせる。
 キレイに使われている証拠で、今日は全員で外出中なので汚れた食器もない。
 右も左も分からない誰かが使うには、もってこいの状態だ。

「明日はセントバレンタインデー。どういうものか初めて知りましたが、ここでは大切な日なのですね」
 女性が男性に親愛の情を込めて、チョコレートを送る催し物。
 普段お世話になっている方から意中の殿方まで。ここ最近では男女問わずに渡すこともあるとか。
 懐が深い内容に感銘を受けた私は、とあるアイデアを実行しようとしていた。

「台所が空いていて安心しました。これで今日の予定が進められます」
 他の方が使うと予想したものの、結果は見ての通り。よほど大事な用事があるのかもしれない。
 寮が使えなければ、アカデミーの調理室を借りようと考えていたため、余計な手間が省けて安堵する。

 使用頻度が高くない台所を見回しつつ、どこに何の道具があるのかを確認した。
 ボウルやハンドミキサーを取り出して、微妙な達成感を覚えながら横に並べる。
 自家製として漬け込んである梅干しや浅漬けの瓶を見つけて、真姫様が用意した物と知る。

(少し多めに用意したので足りると思うのですが……)

 私はショッピングモールで購入した一式を買い物袋から取り出した。
 ガサガサと音を立てて、自分が分かりやすいように1箇所にまとめる。

 チョコレート、アーモンド、生クリーム、フルーツ、ブランデー、香辛料、スッポンのエキス、滋養強壮剤、睡
 眠導入剤、その他もろもろ……

 店員の方に用途を説明して、あれこれと入れてもらったものなので間違いない。
 これをすべて使い切ったら成功すると判断し、私は身体の奥で秘めたやる気を吐き出す。
 参考にするレシピの材料には、後半の食材がまったく使われていないものの、俗に言う隠し味だと解釈す
 る。そうに違いない。

「これに丸河家直伝の栄養剤を投入すれば、皆様もきっと喜んでいただけます」
 コトンと音を立てて、手の平サイズの小瓶もそこに加えた。
 蓋を開けていないにも関わらず、なぜか内部でぶくぶくと泡立つ謎の液体をそこに置く。

 日頃の感謝を込めて、皆様に手作りのチョコレートを用意する。
 同じ魔砲器隊の一員として、同じ寮に住む者として、込められるだけの気持ちを込める。
 できれば、研究所の方にもお裾分けをしたいので、たくさんの量を作らないといけない。

(それに……真悠人様には特別なチョコレートを用意しなければいけません)

 買い物の途中で見かけた雑誌の表紙を元に思いついたアイデア。
 なぜか裸の女性がリボンを身にまとっていたけど、そのおかげで天啓にも近い閃きが訪れた。
 全身にくまなくチョコレートを塗りつけて、自分自身をプレゼントにする。
 一時は皆様と同じ物にするしかないと思ったものの、これなら間違いなく喜んでくれる。

 最初は何回かに分けなければいけないと思ったものの、手頃な大鍋が奥に隠れていた。
 すべての障害は排除されて、あとはレシピ通りに作るだけ。夕食の邪魔にならないよう、日が暮れるまで
 にできあがればいい。

「待っていてください、真悠人様。この凛子、貴方様に喜んでいただける品を用意してみせます」

 山のように積まれた材料と巨大な大鍋。
 私は一枚のレシピを手にして、偉大なる挑戦を実行しようとしていた。

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