dandelion Record
『あかときっ!−夢こそまされ恋の魔砲−』参加中















「でも、問題はタイミングよね……」
 人目がある時には渡したくないし、だからと言って待ち構えるのも遠慮したい。
 あくまでも自然なタイミングで、フェイクはできうる限り気づかれないようにしたい。

 とは言え、何をどうしたら自然なのかも分からない。
 経験の無さが影響してしまうものの、そこをどうこう言っても変わりない。
 問題は明日をどうやって乗り切り、どんな風に渡していくかだ。

「誰かの渡し方を参考にする……とか?」
 私はケーキの仕上がり具合を確認しながら、ふとした思い付きを口にした。そう悪くない考えに頷く。

 私だけが真悠人にチョコレートを渡すとは限らない。
 他の人がどうやって受け取ってもらうかを参考にして、自分の行動を決めてみよう。
 どういう人が好意を持っているかも分かるし、あくまでも邪魔しない範囲に限定して。
 同じ寮に住んでいるんだから、特に急ぐ必要なんてない。就寝前に渡してもいい。

「みんなが渡し終わって……うん。量も多いし、最後に渡せばいいわ」
 明日の方針が決まり、私はストップウォッチのタイマーをセットした。
 椅子にかけていたタオルで額の汗を拭い、自分に気合を入れるためにぐっと拳に力を込める。
 今までの人生で最高の出来栄えにするため、頭の中が目まぐるしく回った。

「これでもかって言うほど気持ちを込めてやるわ! よーし、頑張るわよー!」

* * * *

「うん……上々の出来ね」
 私は魔砲器で空を駆けながら、最後に仕上げたトリュフの味見をしていた。
 ラズベリーの風味と酸味がチョコと混ざり、甘い物ばかりの中で口直しするには丁度いい。
 一つずつ味を変えて作ったので、全部味見というわけにはいかないが、自画自賛できる出来栄えだ。
 どれがお好みかは分からないけど、一つ足りとも手を抜いていない。

 あとは渡すだけでいい。
 心地良い疲労に包まれたまま、私は雲の上から冷たい風を浴びていく。
 ほんの少しだけ遅れたけど、そこは上手くごまかしておこう。うん。

(できれば、気づいてくれると嬉しいんだけど……)

 十数個のトリュフの中で、たった一つだけ忍ばせたハートマークのクッキー。
 明日にはブランデーを吸い込んで、ほんの少しだけ大人の味になっている。
 甘いチョコと一緒に食べてもいいけど、できれば別々に味わってほしい。
 私の中にある“子供”と“大人”が一緒くたに混ざってしまう前に。

「そんなこと言いながら、形が崩れていなければいいんだけどね。少し心配」
 初めての挑戦だから、どう転ぶかは分からない。
 美味しいだけでも十分だけど、せっかくのバレンタインだから夢を見ていたい。
 今日はあれこれと慌ただしくて疲れたから、ぐっすりと熟睡できるはず。
 長居しすぎて寝坊しないように気をつけないといけないけど……たまにはいいわよね?

「その前にどう言い訳するのか考えないと……どうしようかな」
 既に寮で揃っているであろう、魔砲器隊の面々。
 私は袋の中身をごまかして、自分の部屋まで持っていく作戦を立てながら速度を上げる。

 雲が晴れ、目の前に広がるのは街の灯り。
 真っ暗な夜を照らす光を目蓋に捉えて、もうすぐ1日を終えると実感した。
 ここの街でも同じようにして、たくさんの女の子が明日の予定を立てているんだろう。

 みんなが待っている。
 私は1秒でも早くみんなに会うため、一気に高度を下げて帰路に就いていった。


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