こぢんまりとした広さの台所。 どこにでもある、どちらかと言ったら古屋に近い一軒家。 油汚れが染みついた換気扇がぐるぐると周り、黒ずんだフィルターが甘い匂いを吸い込む。 節々が錆び付いたコンロはフル稼働して、久しぶりのお菓子作りに意気込んでいる。 そして、テーブルにはお菓子の材料になる食材が整然と並んで、一つの欠けも代用品もなく存在してい た。 失敗する可能性も考えて多めに用意しており、不足はないと言っていい。 そして、その素材を十二分に生かそうと試みる作り手は、現在奮闘中だった。 「ガトーショコラはオーブンで焼いてるし、スコーンは冷蔵庫に入れたから、次は……あっ!」 私は自分が決めた手順を確認しながら、実家の台所で忙しなく動いていた。 いつものスムーズさはどこに消えたのか、ドタバタと複数の工程を一気にこなしている。 真新しい電子レンジとコンロを同時に使い、ストップウォッチは各工程の状況ではなく、現在時刻を示して いる。 「せ、セーフ……あんまり時間がないんだから下手なことしてられないわ」 沸騰しかけた生クリームを滑り込みで阻止し、火を止めた。 流れるようにコンロから鍋敷きの上に移動させて、そこは別のお菓子のために使う。あたふたと慌てる余 裕はない。 時間は既に夕方近く。人工太陽も色を変えて、その役目を終えようとしている。 本来ならもう魔砲都市に戻らなければいけないものの、今も料理の真っ最中だったりする。 最初は家族が手伝ってくれようとしたけど、丁重に断らせてもらった。 こればかりは誰にも任せられないし、工程の把握ができなくなってしまう。 もしかしたら、今の私は鬼気迫る表情をしているのかもしれない。 何せ、魔砲都市まで材料を買いに戻り、その勢いのままで故郷に戻ってきたんだ。 全速力で上空を駆けたため、魔砲器服がなければ凍えて自然落下していたのは間違いない。 文字通り、とんぼ返りだったため、みんなには気づかれていないだろう。 「うん……問題なし、と」 念のために近くの鏡で確認し、思わず頬が緩みそうなところを引き締める。 じんわりと額に大粒の汗が滲んでいるものの、至って笑顔だ。 それも当然。 真悠人が喜んでくれるお菓子を、自分が納得できる形で作れるんだ。 時間の制限と帰りが大変になったけど、他に代えられるものはない。 あの笑顔が見れるのなら千人力だ。どんな苦労だって報われる。 (そう言えば、チョコが苦手だってオチはないわよね? 普通にアイスとか食べてたし……) 過去の記憶をほじくり返し、好き嫌いがあるかどうかをサーチした。 特にこれと言ったものはないけど、1度考え始めたら妙に不安になってしまう。 私は生クリームにラム酒を加えて、ゴムべらで混ぜ合わせながらぐるぐると思考を巡らせる。 バレンタインデーのチョコレート。 女の子だけが持っている魔法を一滴加えた、甘くて蕩けるお菓子を一つ。 1年に1度しか使えないものだけど、今まで使わなかった十数年分を目一杯込めて。 感謝という名のフェイクで包んで、たった一人の男の子の口に投げ込んであげましょう。 そこから先は出たとこ勝負。 どう転ぶかは分からないけど、このお菓子さえ食べてくれれば、私の目標は達成される。 いつも美味しい料理を作っているけど、まだ底じゃないってことは教えてみせる。 ガトーショコラ、スコーン、トリュフ…… 自分の感情が赴くままにレシピを用意した三品で、冷静に鑑みたら恥ずかしくなる程の気合の入れよう だ。 もちろん真悠人のために作ったため、全部まとめて渡さないと意味がない。 |
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