「もう、どうして今日に限って見つからないのよ……」 説明無用の2月13日。 バレンタインデーを前日に控えて、どこの街でも女の子が色めき立っている。 “Betep”の使い手である、私こと天田真姫は溜息混じりにある店から出たところだった。 「えーと、他に置いていそうなお店は…………ないじゃない。相変わらずの品揃えね」 私は自分の記憶を頼りに思い出すものの、お目当ての物が置いていそうな店は思い当たらない。 そうなると、余所の街まで飛んでいかないといけないんだけど、そこまでの余裕があるかは微妙だった。 (お母さんが従姉妹のために会ってほしいなんて言うから……昔からのファンだなんて言われたら断れない じゃない) ここは魔砲都市ではなく、私の故郷。 都会と言うには辺鄙な場所にあり、有り体に言ってしまうと田舎の部類に入る。 ショッピングモールなんてものはなくて、未だに商店街に行き交う人が大勢いたりする。 アットホームな土地柄で、デビューした時には……まあ、その話は長くなるから置いておかないと。 「普通のものはあるんだけど、さすがにグランマルニエとかクーべルチュールとか……普通は知らないわよ ね」 バレンタイン前日とは言え、こういう町だから置いてある物も限られる。 いくつか見つからないことは想定内だけど、ここまで見事に虫食い状態になると思わなかった。 (せっかくみんなに気づかれないように魔砲都市から離れたのに、このままだと本末転倒じゃない) 同じ寮に住む男の子。魔砲器隊に欠かせない大切な仲間。それと……うん。色々と。 日頃の感謝と相変わらずの頑張りを誉めて、腕によりをかけたお菓子を一つ。 明日はタイミングを見計らって渡そうと計画したものの、出鼻を叩かれた状態だ。 対処法は3つ。 まずは1つ目。作るお菓子を変更する。 少し前から悩んで、これだと決めたから変えたくない。 あんまり他の人と被りそうなものは作りたくないから、ここは現状維持が一番ね。 2つ目。代用品を使って料理する。 手頃な材料で代用すれば簡単だけど、レシピも空いた時間に悩んで考えたもの。 その努力を無駄にしたくないし、そもそも手は抜きたくない。 できうる限りの最高の材料で、最大の手間暇をかけて作る。そうすると決めてる。 最後の選択肢は、魔砲都市に戻って夜中に作る。 もっともベターな考えだと思うけど、せっかく遠くまで出張った意味がなくなってしまう。 もしも作っている最中に見られたら終わりだし、真悠人が相手じゃきっとごまかせない。 バレンタインデーを忘れているなんてあり得ないし、他の誰かに渡すなんて勘違いされたら困る。 そうなったらお菓子ができるまでリビングで待機させて、出来立てを手渡しする羽目になるはずだ。 「あー、ダメダメ。私の心臓が絶対に保たない」 後ろから真悠人の視線を感じながらチョコを完成させる。 バレンタインデーだから、少なからず向こうだって期待してる……はず。 そんなシチュエーションで平然としている自信はない。まったくない。 もしも無事に完成までこぎ着けたとしても、私の緊張は最高潮まで達して倒れる寸前だ。 顔を真っ赤にさせたままで渡す羽目になって、なんとも形容しがたい光景が広がってしまう。 (絶対に寮では作れないわね……他の人に見つかったとしても、妙な気を使われそうだし……) 真悠人とのやり取りを想像して頬が火照り、私は念のためにつけた変装用の帽子を深く被る。 サングラスが目元を隠してくれるため、思いっきりにやけた顔は見られていないはずだ。 ご近所だから変装する意味はあんまりないものの、これ以上は時間をかけたくない。 本日は面会謝絶。私のファンには悪いけど、明日は一世一代の勝負だったりする。 「でも、どうしよう……八方塞がりじゃない……」 一定の妥協があったら別だけど、私の性分じゃない。 いつだって本気でぶつかって、最高のものを用意してみせる。 その上、今回は内容が内容だ。一片の妥協だって許されない。許すつもりもない。 (所信表明はいいとして、そろそろどうするか決めないと……) お菓子も変更しないし、代用品も使わないし、魔砲都市では作らない。 どこかを妥協しないと進まない状況で、強情な私は難題とにらみ合いを続ける。 問題を解決する方法は1つ。 私は現在時刻を確認した後、頭の中でシミュレートを行う。 この町から離れた場所にある人工太陽の光を仰ぎながら、自分の魔砲器を形にする。 カチカチカチ、と。 綿密かつ詳細な予定が一気に組み上げられていく。……少なくとも、私の中では。 空が青い。雲一つない青空だ。 ノンストップで高速移動を試みるには絶好の機会だ。 今から魔砲都市を往復するには、何の問題もないシチュエーションだろう。 悩む必要はない。あとは実行するだけでいい。 私はアイツに最高の贈り物をプレゼントするって決めたんだから! 「やるしかないわね! こうなったらとことんいくわよ!」 * * * * |
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