dandelion Record
『あかときっ!−夢こそまされ恋の魔砲−』参加中


















 勇気ある子猫さんに敬意を表しながら立ち上がるわたし。
 好きな人と一緒になって、ずっと同じ時間を過ごしていったら、わたしもいつかあんな風になるのかな。
 2人の愛の結晶を握り締めて、周りの人たちと四苦八苦しながら育てていく。
 大変だと思うけど、すっごく幸せなことなんだろうな。

「なんて。わたしには、まだまだ先の話だよね。でも……」

 夕日が町を包み込み、夜の帳が徐々に下りようとしている。
 冷たい風が吹いてきて、あっという間に身体の熱をさらおうとする。

 だけど、肌寒さなんて感じない。
 胸の奥から沸き上がる気持ちは無限大。身体の芯まで温かくしてステップを刻ませる。
 どこまでも軽やかに。どこまでもたおやかに。
 目の前にある突き当たりを曲がりながら、わたしは最後の仕上げを済ませるために戻っていった。

「届くといいなぁ。わたしの気持ち」

* * * *

「でき……ちゃった……」

 ラストチャンスと決めた挑戦で完成した逸品。
 オーソドックスなチョコレートケーキにグラッサージュ・ショコラでコーティング。
 オシャレで艶やかな仕上がりは、自分が作ったと思えない出来栄えだったりする。

 味は上々。見栄えは完璧。文句のつけようがない。

(ほんのちょびっとだけ失敗した方はお父さん用にして、こっちは形を崩さないようにラッピングして……)

「うん。完璧っ」
 残りの心配は、魔砲都市に戻るまでの道中。
 まず心配ないと思うけど、もしもぐちゃぐちゃになったら大変だ。
 念には念を入れて、ケーキの包みを魔砲で保護して帰ったら大丈夫。
 この日のためだけに用意した小型の冷蔵庫に入れて、明日まで置いておけばいい。

 これなら真悠人くんも絶対に喜んでくれる。
 もう一つあれば自分で食べちゃいたいぐらいだから間違いない。
 掛け値なしの「美味しい」をくれる姿を想像して、自然と頬が熱を持ってしまう。

「すっごく頑張ったもん。きっと受け取ってくれるよね」

 可愛い小箱にピンクのラッピング。
 バレンタインデーに渡すにはあからさまな包みだけど、そうするだけの出来栄えになった。
 差し出すだけで勇気を使い果たすかもしれないけど、ここまで来たら頑張らないと損だ。

(でも、1ホールもあったら食べきれないよね? いつ渡したらいいのかな?)

 わたしの知らない誰かが渡すかもしれないし、魔砲器のみんなも同じようにそわそわしていた。
 もしかしたら、ずっと前からこの日を待ちわびていたかもしれない。
 そうだとしたら、その子の邪魔にはならないようにしないといけない。

「わたしは一番最後でいいよね。頑張りすぎて、1ホールも作っちゃったんだもん。渡すタイミングを間違った
 ら大変だよね」

 同じ寮に住んでいるんだから、渡す機会はいくらでもある。
 アカデミーにいる時は真悠人くんを見守って、寮にいる時にタイミングを窺おう。
 そのためにも明日はきちんと早起きして、いつもみたいに寝ぼけないように気をつけよう。

 朝の登校は絶好の機会。
 わたしのために時間を使わせちゃうわけにはいかないもんね。

「そうと決まったら早く帰らなくちゃ」
 台所の後片付けを済ませて、お父さんにケーキを渡して、少し急ぎ足で魔砲都市まで帰宅。
 時間的にはギリギリだけど、みんなに気づかれないように部屋の冷蔵庫までケーキを運ばないといけ
 ない。

 善は急げ。
 みんなが心配する前に寮に帰るとしよう。

「真悠人くん、喜んでくれるといいなぁ」

 明日は近い。
 わたしはバレンタインデーの成功を祈りながら、鼻歌混じりに後片付けを開始した。

1ページ2ページ/3ページ