「あ、あれ? ぐつぐつしちゃってる……」 バレンタインデーを前日に控えたある日。 魔砲器隊の寮と違うキッチンで動き回る影が1つ。部屋中に甘い匂いを撒き散らし、さっきからあたふたと している女の子。 鍋の中で煮詰まったチョコに気づいて火を止めたのは“Fire Bird”の使い手。 阿月七夕ことわたしは、新たなる分野を切り開くために今現在格闘中だった。 「チョコって煮えても大丈夫なのかな? やり方が間違っているとか……えーと……」 テーブルの上には、刻んだチョコレートが置かれていた。 他にもバターや卵の殻、グラニュー糖や生クリーム……ボウルやゴムべらなどの道具も散乱している。 その真ん中で広げた料理本を目にしつつ、1から手順を見直していた。 ここはアカトキ市から遠く離れた田舎町の一画。正確に言えば、わたしの実家だったりする。 前もって連絡を入れておいて、朝を迎えると共に全速力で帰省していた。 バレンタインを前日に控えた1日限りの帰省。材料をたくさん買い込んできたせいか、目的はバレバレ。 今までお母さんに散々からかわれて、やっとのことで解放されて料理を始めている。 さっきから楽しそうな話し声が聞こえるけど、もしかして電話で話しているのかもしれない。 (寮で準備したら真悠人くんに気づかれちゃうし、他の人が使うかもしれないもんね) 別に気にしなくてもいいんだけど、みんなには気づかれないように帰ってきたりしている。 ちゃんと伝言も残しておいたから、何かあったらすぐに連絡が入ってくる。 それまでは、今日の目的のために奮闘しなくちゃいけない。 明日は女の子が好きな男の子に自分の気持ちを伝える日。勇気が持てない人の背中を押してくれる大事 な日。 少し前からアカデミーでも盛り上がっていたから、どうしても意識せざるを得なくなる。 魔砲器隊のみんなとも話したせいか、いつもより緊張の度合いも高まってしまう。 「真悠人くんも、男として見てもらえたら嬉しいって言ったもんね……あげても、迷惑になったりしないよ ね?」 それとなく……ううん、もしかしたらあからさまだったかもしれないけど、そう答えてくれた。 チョコが苦手だったらどうしようかなって思ったけど、その問題は解決して一安心。 あとはちゃんとしたものが完成すれば、今日の目的は達成できる。 日頃の感謝をたくさん込めて、ほんのちょびっと……あ、愛情を込めちゃったりして。 砂糖が多めの、舌が蕩けるチョコレートケーキを1つ。 できれば心まで蕩けてくれれば嬉しいけど、さすがに贅沢なお願いだよね? でもやっぱり、真悠人くんが美味しく食べてくれれば、それだけで満足できちゃうかな。 「七夕の甘い気持ちが伝わるよー、なんちゃって……えへ、えへへへ……」 わたしは顔を噴火寸前まで活発化させたまま、頭の中で思い浮かべた光景に恥ずかしがった。 満面の笑顔で喜びながら、まずは一つまみ。 もしも失敗作だとしても、ワンポイントのアドバイスを加えながら同じ表情で「次は頑張れ」って平らげてく れる。 明日だったら尚更だと思う。きっとその場で食べてくれる。 感想が聞きたくてうずうずしてるわたしを察して、そうしてくれる。 「でも、美味しくなくちゃダメだよね。気持ちだけ伝えたって意味がないもん」 こくんと頷いて、ずり落ちてきた袖をもう一度捲る。 チョコレートケーキのレシピを見直すと、案の定作り方が間違っていたことに気づく。 「ちょ、直接火にかけちゃいけないんだよね。さっきから匂いが変だと思ったけど……あう、味まで変 に……」 わたしは冷めたチョコを指先につけて舐めて、すっかり変化した風味に肩を落とす。 舞い上がったせいだけど、最初の行程で失敗するなんて先が思いやられる。 (この調子で無事に完成するのかな……) テーブルには、たくさんの失敗作と一欠片の成功作。 チョコパイやクッキーを練習で作ってみて、なんとか最初のハードルは飛び越えた。 その2つを渡してもいいんだけど、わたしの目標はあくまでもケーキ。 トリュフにしようか迷ったけど、きっとこっちが美味しいよね? ケーキの方が作る行程が多いけど…… 「まずは作らなくちゃ。時間もなくなっちゃうし、今日中に仕上げないといけないね」 もう一度レシピを見直して、今度は慎重に作ることに決める。 チョコの匂いで満たされてくらくらしちゃいそうだけど、それ以上に胸の奥は甘さでいっぱい。 これぐらいで胸焼けするほど、ビターな想いは抱いていない。 飛びっきり甘くて美味しいケーキを作って見せるんだから! 「よーし、頑張っちゃうぞー!」 * * * * |
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