昼食を終えて、そのまま河原町の古書店巡りをすることにした。
胸のムカムカはいまだに消えない。
恋をすると胸が苦しくなると言うけれど、今の私が味わっているこれは、食べ過ぎによる物理的な苦痛だ。
そうしてそうして古書店を梯子すること6件目。
「……あ、サンリオSFだ」
私はあまりSFは読まないけれど、稚彦は好んで読む。
サンリオSFは今では絶版されている文庫で、ハヤカワ文庫などで復刊されているモノもあるようだけど、
そうでないものもあり、ほとんど入手不可能となっている作品も数多い。
もしも見かけたら買っておいてくれ! 費用は必ず払う! 身体で! ……とは稚彦の弁。
そうか。これも、稚彦が喜んでくれることの一つだ。
私はその本を手に取った。
『 - 熱い太陽、深海魚 - ミシェル・ジュリ ¥15000 』
「高っ?!」
私はそっと、本棚へと戻し店を後にした。
人間的な感覚に鈍い私ではあるけれど、経済観念は正常なのだ。
「…………」
歩き疲れて、新夾極の喫茶店で一息つく。
情報通のりっちゃんさえも知らなかった隠れた名店。店内を流れるBGMはジャズで、昔ながらの純喫茶
という雰囲気。月1回、ここに通うのは私の数少ない習慣。
顔なじみの客に対しても無愛想で不干渉な店主の営業態度が素晴らしい。
稚彦の淹れるコーヒーも美味しいけれど、やはりプロには敵わない。
壁に掛けられたアンティーク時計を見やる。午後4時半。稚彦は今、何をしてるんだろう。
恋人だからって、四六時中べったりしているわけではない。とはいえ、だいたい一緒にいるのだけれど。
だからこそ、月に一回はお互いに干渉し合わない日を設けている。
電話してみよっかな――そんなことを考える自分がいた。用事もないのに。
貴方の声が聞きたくて、とか? なんだかとても安っぽいので却下。以前の私なら取った手段だろう。
「わーくん……」
手にしているカップの中身に視線を落とす。
ゆらゆらと揺れる液面に反射している無表情の女の子。
どうしてだろう。ふいに稚彦の淹れたコーヒーを飲みたくなってきた。
「……今日の私は、何かがおかしい」
いつも通りに振る舞っているつもりなのだけど、何かが不自然だ。
朝、起きたときからずっと、稚彦のことを考えている気がする。
御飯を食べているときも、古書店を巡っているときも、今こうしてくつろいでいるときも。
えっ……と、あれ? これって。
「――あっ」
そっか。
気付いてしまった。
反射的に身体が動き、勢いよく立ち上がってしまう。
お爺さんがあからさまに不機嫌そうな視線を私に向けてきたけど無視。
手早く会計を済ませて私は店を飛び出した。
* * *
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