しばらくは列が動かないため、当然のことながら手持ちぶさたになってしまう。 前の人は携帯ゲーム機や音楽プレーヤー、携帯電話で時間を潰したりと、そこまで暇そうには見えない。 誰かに気づかれないように出るだけで精一杯だったから、あたしは何も持ってきていない。 誰かと話したらボロが出そうで怖いし、あちこち見るのも気が咎める。 「素直に待つしかない、か」 あたしはおとなしく待つと決めて、一向に動かない列を眺める。 面倒ではあるものの、不思議と苦痛はなかった。 おかしなトラブルでもない限り、目的の物は手に入る。待つだけで終わるのなら簡単だ。 魔砲都市には日が暮れる前に戻ればいいし、そこまで待たされることもない。 一時はどうなるかと思ったけど、無事に解決だ。 後ろから同じ目的の女の子が現れて、300人を超えていると知って残念がっていた。 普段ならきっと、あたしも同じ立場なんだろう。 真悠人のために用意したいと急いだ分、珍しくその苦労が実を結んだ。そうに違いない。 どうしようもなく頬が緩んで、人工太陽の光とは違う温かさが胸に宿る。 定期的に訪れる眠気はいつの間にか消え去り、早く動きたくてたまらないほどだ。 あたしは心地良い朝を迎えながら、今もまだどこかで熟睡している誰かに微笑みかけた。 「待ってろよ、真悠人。300人しか食べられないものを味わわせてやるからな」 * * * * ベージュの袋に入れられた小さな箱。 箱から漂う匂いは特上で、これが消えない内に味わってほしいぐらいだ。 最後の整理券と引き替えに購入した洋菓子を手に入れて、あたしは潰さないように優しく抱き締める。 日頃の感謝や自分なりの気持ちを込めた贈り物。 言葉に出すつもりは毛頭ないけど、できることなら感じてほしいなんて贅沢な願いもあったりして。 願いは願いのままで終わると思うけど、純粋な感謝も相当量含まれている。 これが買えただけでも上出来だ。どちらに転んだとしても、あたしには損がない。 「問題はいつ渡すかだけど……どうするかなぁ」 真悠人のことだ。 他の誰かにも渡されたりするんだろう。十中八九、魔砲器隊のみんなもプレゼントする。 どっちの意味が込められているかは分からないけど、予想の範囲内だ。今さら溜息なんて漏れない。 (一番最初に渡したりしたらそれっぽいし、だからと言って、中途半端なタイミングは失敗しそうだよな ぁ……) せっかくここまで苦労したんだから、渡すところまで失敗したくない。 他人の目がある時には切り出せそうにないし、登校前を除いたら自然と夜になってしまう。 みんながどう動くか分からないけど、既製品で済ませたあたしが邪魔したくもない。そうなると…… 「決めた。一番最後に渡して終わらせるとしよう」 某月某日。1年に1度だけ訪れるイベント。 うら若き男女が沸き立ち、あれこれとピンク色の空気を放つ特別な日。 その名もバレンタインデー。少し前まであたしがぶつぶつと文句を言っていた日だ。 (変われば変わるもんだよな。あたしなんかが遠出までしてチョコレートを買いに行くなんて……) でも、そんな自分が嬉しくもある。 たまに面倒くさくなったりするけど、それもそれで醍醐味の1つなんだろう。 少なくとも、この胸の高鳴りは何物にも代えられない大切なものだ。 (いずれは手作りに挑戦してみたいけど、今回はこいつで我慢しておこう) あたしは急いで帰路に就くため、自分の魔砲器にまたがった。 苦労して買ったチョコレートを落とさないように注意して、そのまま魔砲で包み込んだ。 行きとは違って上空に進路を取りながら、勢いを付けて一気に飛び上がる。 真悠人はどういう感想を口にしてくれるんだろうか。 2人で一緒に食べたりしたら、やっぱり楽しくて嬉しいんだろうか。疑問は尽きない。 その答えを求めるため、あたしはみんなが待つ学生寮へと戻っていった。 「飛びっきりに甘いやつを食わせてやるからな」 |
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