「な、なんだよこれ……」 あたしは洋菓子店に着いた途端、形容しがたい光景を目にしていた。 人。人。人。 数珠つなぎの人が洋菓子店にぞろぞろと並んで、ある意味で壮観な眺めを生み出している。 まだ人工太陽が出たばかりなのに、ここまでの人数が来ているなんて予想だにしていない。 さすがは某月某日パワー。 誰しも考えることは同じなのか、女の子だけで細長い列を作っている。 一番手がいつ来たのか、参考までに聞かせてもらいたいほどだった。 「っと、そうじゃなくて早く並ばないと……」 思わず唖然とした意識を元に戻し、あたしは慌てて最後尾まで駆け出していく。 プラカードを持つ店員らしき女性の元まで急いで、誰かが来る前に滑り込んだ。 よほど必死に見えたのか、店員が見事なドリフトで現れたあたしに驚いた後に微笑む。 反射的に赤面しそうになるものの、素知らぬ振りで服を叩いて冷静さを保った。 (あとは天命を待つのみ。どうか300人の中に入っていますように……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀 仏……) 心の中で念仏を唱えながら、ただひたすらに目的の達成を祈る。 ここから不安と期待のせめぎ合いによる長期戦を覚悟して、今回の計画が徒労に終わらないように願う。 「もしも301番だったら、色んな意味でやるせないよな。それだけはないだろうけど……ん?」 そうしていると、自分の背中が突かれる感覚。 あたしが後ろを振り向いてみると、店員が薄っぺらい一枚の紙を差し出してきた。 「はい、どうぞ」 手の中に収まる程度の紙。 チケットらしき何かを突き出されて、何の気なしに受け取ろうとした手がぴたりと止まる。 (ま、まさかこれ、整理券ってやつか……?) 並んだばかりなのに速攻で成否が分かるのか? 長くなると思っていたのに一瞬で判明するのかよ。 いやでも、わざわざ整理券を渡してくれるんだし、300人の中に入っているんだよな? 待て待て。キャンセル待ちの整理券で、念のために渡されるのかもしれないし、ぬか喜びは厳禁だ。 まずは確認。何番目かどうかを確かめて、そこからどう行動するか考えて……考えて…… 「うっ、うぅ……胃がきりきりする……」 あたしは極度の緊張で回れ右したい気持ちを抑え込み、ぶるぶると震える手で整理券を受け取る。 店員が可愛らしい何かを眺めるような温かい視線を送ったけど、今は気にする余裕もない。 何度目かの深呼吸の後、他の人の迷惑にならない内に番号を確認する。 (どうか300人の中に……どうか300人の中に……真悠人に渡せるチョコレートを確保できますよう に……) 整理券の番号は…………………………300番。 「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、よかった……」 地面に寝そべる勢いで胸を撫で下ろしたあたしに、店員が「おめでとう」と言ってくれた。 急に照れくさくなって会釈すると、耳たぶまで火照った顔を隠すために背を向ける。 (でも、これで確実に買えるんだよな。整理券があったら割り込みなんてできないし、残りは待つだけだ) 無くさない内に券を財布にしまい、あたしは間抜けな失敗をしないように確保する。 確実に買えるという安心感からか、今まで心の中で漂っていた不安が一瞬で霧散した。 何しろ、ここで買えなかったら手作りも辞さなかったほどだ。 料理下手で要領の悪いどこかの誰かさんが作ったところで、無残な結果が見えている。 最終手段を取る必要がなくなって、今頃は心の底から安堵しているだろう。 男の何割かは手作りが嬉しいと言うのかもしれないけど、あたしはあげる相手に美味しいって言ってほし い。 手作りであろうと既製品であろうと、下手な物を用意して嫌な思いなんてしてほしくない。 その分、ありったけの気持ちを込めて渡してみせる。これが自分なりの考えだ。 「……って、違う違う。これは自分用で買うんであって、ま、真悠人にはお裾分けしてやるだけなんだから な」 あたしはぶんぶんと頭を左右に振って、冷静さを失う元になる邪念を振り払った。 ただ純粋な気持ちで買うため、洋菓子店の開店を待つことにする。 (開店時間が……だから、300人分だけ待つとして……うあ、長期戦には変わりないんだな……) |
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