自分らしくない振る舞い。 それが嬉しくもあり、妙に腹立たしくもあり、恥ずかしくても知ってもらいたくもある。 その原因でもある男の子の姿を思い浮かべつつ、空になったコップに写し出した。 私は人差し指でグラス越しの額を突っつきながら、ちょこんと首を傾けた。 谷野真悠人。 今現在、自分の心の大半を占めている男の子。 ただ想うだけで胸が熱くなり、むずむずと触れ合いたいという衝動を呼び起こす。 自分ではどうしようもない感情で、たまに無性に発憤したくてたまらなくなる。 そのせいでからかいたくなったりするけと…………愛敬の内、よね? 「今さら悩んだところで、とっくの前に答えなんて出ているのよね」 最後に指先で弾いて、カキンと音を立てるガラスのコップ。 私は収まってきた火照りを名残惜しく思いつつ、元の自分を取り戻す。 「もぉ……責任は取ってもらうわよ? バカ」 深呼吸を一回。お帰りなさい、私。 今のままで顔を隠しているわけにもいかない。 私は多少の注目を浴びていることを覚悟しつつ、怪しさ満点の体勢から元に戻ろうとした。 顔を上げて背筋を伸ばし、広げっぱなしの雑誌を閉じようとして―― (あっ。これって……) 開いたページに載っている、バレンタインの特集記事。 その書かれた内容の最後には、ピンクの丸文字でこう締めくくられていた。 『最後に物を言うのはお互いの気持ち。変化球にこだわらず、直球でいくのが一番効果的っ』 今までの前提を最後にひっくり返すような一文。 私は予防線を張るような内容に苦笑して、その雑誌をぱたりと閉じた。 ちり紙交換にも出せそうな山を目にしつつ、清々しい気持ちで完全な徒労だったと決定づける。 「詰まるところ、基本が大事ってことなのね」 目標はバレンタインデーの成功。 変わった方法で渡したとしても、いつもの私だと評されて終わるだけ。 だったら正攻法で戦って、飛びっきり美味しいものを食べてもらうとしよう。 もしも普通に受け止められても、真悠人が味わったものには飛びっきりの調味料が加えられているんだか ら。 (話はまとまったんだから動かないとね。夜になる前には戻らないと) 今まで雑誌を読みふけっていたせいか、ここに着いた時間すら随分と過ぎていた。 真悠人に気づかれないようにチョコを用意するため、遠路はるばる飛んできたという理由もある。 最高に甘くて、心まで蕩けるチョコレートを一個。 世界で一番大切なあの人に、世界で1つだけの想いを届けたい。 「なーんて、これも私らしくないわね。ふふ」 でも、ふわりと羽のように軽くなる身体が心地いい。素直に気持ちを届けられることが嬉しい。 ほんのちょびっとだけ残念だけど、またの機会に回せばいい話だ。 「まずは材料からね。なんとか間に合えばいいんだけど……」 * * * * 一番最初の繰り返し。 魔砲都市から遠く離れた空で、海面に浮かび上がる1つの影。 何かいいことでもあったのか、キラキラと光り輝く軌跡を描きながら逆方向を飛んでいく。 「ふふ。初めてにしては上出来よね」 空を駆ける発光体は“Gaia”の名を持つ魔砲器。 バレンタインデー限定の乙女モードに入った私は、我ながらメルヘンチックな妄想に浸っていた。 飛行もさっきからふわふわとしていて、軌道が定まらず、本物の蛍のように輝いている。 これでも抑えている方で、最初は小さな人工太陽のようになっていた。 「どんな反応を返してくれるのかしらね。他のみんなもあげると思うから、タイミングを窺いたいところなんだ けど……」 日付が変わった瞬間に渡す? それともアカデミーにいる時? 古典的な方法だけど、鞄や机の引き出し に入れるのも悪くない。でも、やっぱり手渡しがいい。直に感想も聞きたいし、ただ待つだけなんて我慢で きない。 「でも…………うん。やっぱり、一番最後がいいわよね」 他の子も、きっと明日を待ち焦がれてる。 日頃の感謝……もしかしたら、他の気持ちも含んで渡すのかもしれない。 そういう子の邪魔にならないよう、私は一番最後に回るとしよう。それがいい。 眩い灯りで照らされる魔砲都市が見えてくる。 バレンタインデー当日の様子を予想しながら、私は魔砲器の速度を上げた。 「真悠人、明日は大変よ。虫歯にならないように覚悟しておきなさい」 |
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