「あれもこれもうさん臭くて、どうにもやる気が起こらないわね……」 アカトキ市ではない街の中心地。 その大通りの一画にあるオープンカフェで、私はバニラシェイクを片手に雑誌を読みふけっていた。 ベージュのタイルが敷かれた地面に純白の丸テーブル。 人工太陽の光がキラリと注がれており、景観も上々。西洋風のお洒落なカフェだ。 メニューも豊富で値段もリーズナブル。雰囲気も良くて、なかなかに好ましい。 お客の入りも多く、どうやらこの街では人気があるお店らしい。 ちなみに今日のオススメはココアシェイク。 一見さんである私が選ばなかったことには、多少の理由があるわけで。 「まったく、目に毒ね。バレンタインは明日だって言うのに……」 オープンカフェにいるお客の大半はカップル。 店内は女の子同士が集まっているけど、外では熱々甘々な空気で満たされている。もしかしたら、この周 囲だけ温度が高いのかもしれない。 イベント前日だと言うのに、既に2人でココアシェイクを飲みながらにこやかに笑っていたりする。 実に幸せいっぱいで、私の唯一の抵抗がバニラシェイクの注文だった。 「まあいいわ。私は私で早く決めないといけないもの」 他のカップルと違い、私のテーブルには山積みにされた雑誌。 すべての表紙にはバレンタイン特集が組まれて、私たち女の子を煽るためにあれこれと書いている。 何の参考にもならない記事が多々あるものの、知らない人から知識を得るのは悪くない方法だ。 とは言え―― 『意中のあの人を射止める100の方法』『1年に1度のチャンス。外してはいけない10のポイント』『甘いば かりが方法じゃない? 彼氏を悩殺する秘策』 「煽るのはいいんだけど、せめて当てになる内容にしてほしいわね……」 既に流し読みになりつつある記事を飛ばしつつ、私は嘆息を漏らした。 街中の本屋で一冊ずつ買い、両手で抱えきれなくなったところで今に至る。 何かしら参考になる情報があればと思ったのだが、どうにも自分に合う内容がなかったりする。 『渡す時は上目遣い。腕の分だけ距離を取り、ぴんと伸ばしながらチョコを渡す。ムード次第で抱きつくチャ ンスを得る方程式』 「私がやったところで、特にインパクトはないわね。七夕なら効果的かもしれないけど……あの子は不器用 だから難しそうね」 七夕が慌てふためく姿を想像して微笑ましい気分になる。 自分に置き換えた途端、頭の中にいる真悠人が平然とするものの、自業自得と考えておこう。 何やらスタートラインで躓いた気がしないでもないけど、今更言うことでもない。 私は雑誌を読み終えると、次から次へと自分の足下に積み重ねた。 バニラシェイクの冷たさが冬場に効くものの、ここは我慢する。メニューにホットココアがあるけど、今日は 味見を除いてチョコやココアを飲まないと決めている。 そもそもカップルに取り囲まれていると、肌寒さなんて忘れてしまうほどだ。 「骨折り損のくたびれもうけ、かしらね」 そうしている内、最初は山ほどあった雑誌が減って、終わりが近づいていく。 そこそこ為になる情報があったものの、大半は毒にも薬にもならないものばかりだ。 「仲、良さそうね……」 ちらりと視線を横に動かすと、そこには一組のカップル。 初々しい男女がテーブルの下で隠れるように手を繋ぎ、秘密を共有し合うように微笑んでいた。 お互いが顔を真っ赤にさせたまま、身体を冷ますためにココアシェイクをストローで飲む。 距離が近すぎたせいか、こつんと額をぶつけるものの、それもご愛敬。 てへへと照れ隠しに笑い、改めて2人で飲んでいく。 「……うらやましい」 思わずぽつりと漏れた言葉。 公衆の面前だというのに臆面もなく甘えているカップルを目にし、もう一度嘆息する。 特に意味もなく、もう一つあったストローを容器に加えたりして、唇を尖らせる。 「……あっ」 一連の動作が完全に無意識。 私は自分が物欲しそうな顔をしていたと気づいて、耳たぶまで熱くなってしまう。 残り少ないシェイクを飲み干すものの、火照る身体を冷ますほどではなく、仕方なく他人の目から顔を隠す ように雑誌を広げた。 「ダメね……周りにあてられるなんて調子が狂っている証拠じゃない……」 貧弱な盾を手にして、カップルだらけの外界を遮断しながら自分に呆れる。 寮にいる時は自分を保てているものの、どうやら他人の目がなくなった途端に我が出るらしい。 誰も見ていないことに感謝しながら、元の自分を取り戻そうとする。 (何かいいアイデアが思いつけば、今の悶々とした状態から抜け出せるんだけど……) |
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