昨日より今日はいい日で、明日はもっと素晴らしい日になる。  それは何かに保証されたわけではないけれども、彼女はそう確信していた。  そう。その思いは確信と言えるほどに強く、そして長い時間をかけて育んできたものだ った。  だから、  夜空を切り裂いて、ジュエルガイストの群れが都市を襲った時も、頭の片隅では自分達 は助かるだろう、きっと無事に明日を迎えられるに違いない。私の隣には、愛する人がい て守ってくれるのだから。そんな都合のいい思いがあった。  しかし現実は、あまりにも残酷な形で彼女の腕の中におさまっていた。 「あ……ぁ……?」  彼女の腕の中に、愛する婚約者の頭があった。  幾度となく眼差しを交し合った瞳も、愛を誓って口づけした唇も、鼻梁も、眉も、髪も、 耳朶も、これ以上ないほどに見慣れたものだった。  何かに驚いているようなその表情は、今にも彼女の名を呼びそうな錯覚すら覚えさせる。  ただ、いつもと変わらぬのは首から上だけ。  その下には……  何もなかった。 グチャッ、グチャッ、グチャッ  何かを咀嚼するような音が聞こえる。  怪物どもがなにを咀嚼しているのか。そんな事には興味がない。いや、知りたくはなか った。  重要なのは愛する人の体がどこに行ってしまったのかということ。 「あ、あ、あ」  早く見つけなければ。早く体を見つけなければ。 「死んじゃう。彼が死んじゃう……」  そう口にする彼女の瞳からは、すでに正気の色が失われかけていた。  無理もあるまい。つい数時間前までは幸せの絶頂にいたのだ。文字通りの天国から地獄 への転落に耐えられるほど、彼女の心は強くなかった。 「あ、あは……」  頼りない足取りで歩き出す女性。そのままであったならば、彼女もまた愛する者の後を 追う事となっていただろう。  あるいはそうなったほうが、彼女にとっては幸せなのかもしれない。  が、 シュシュシュシュ………  “食欲”を満たしているジュエルガイストの一団の脇をすり抜け、新たなトリオップス の群れが彼女の行く手を塞ぐ。そして、 シャアァァァァァァッッッ  鞭のようにしなるその触手が、女性に襲い掛かった。 「ああっ」  悲痛な叫びが上がる。  触手は、彼女が抱きしめたままの婚約者の頭を弾き飛ばしていた。  無惨に転がる生首を、追いかけようとしたその目の前に別のトリオップスが現れる。そ の足元で、グシャッといういやな音を立て、婚約者の頭部が踏み潰されていた。 「イヤァァァっっっ」  次の瞬間、彼女を囲んでいたトリオップスたちは一斉に触手を伸ばし、その手足を絡め とる。わけもわからぬ内に、彼女は地面に引き摺り倒されていた。  不幸な事に、このショックで彼女は正気を取り戻していた。 「ひぃっ」  それが新たな地獄を彼女に見せる事となる。  気がつけば異形の怪物に囲まれ、自分を守ってくれる筈の愛する人は既に亡い。 「やっ、いやぁっ……」  彼女を拘束している触手は、その見かけに反し実に強靭であった。そして、それを操る トリオップスの腕力は人間のそれを軽く超えている。いかに死に物狂いになろうとも、抜 け出せなどしない。 シュッシュッ  トリオップス達は、獲物の無駄なあがきを嘲うかのような鳴き声をあげる。その口元か ら、ボタボタと粘っこい唾液のようなものが滴り落ちる。 「やめっ」  それは彼女の全身に浴びせ掛けられ、着衣を重たく濡らす。甲殻類を思わせるトリオッ プスの体液は、生理的嫌悪感を抱くに充分な代物である。  彼女は一層激しく抵抗するが、やはりその拘束はびくともしない。 「だ、誰かっ助けて。助けて下さいっ」  唯一自由となるのは頭だけ。  彼女はその部分を使い、懸命に助けの声をあげた。それが彼女に許された、ただ一つの 抵抗だった。 「誰かっ、だれかぁぁ」  だが、その声は醜悪なガイスト達の鳴き声にかき消される。  もっとも、たとえ彼女の声が聞こえたとして、それに応えられる余裕のある者はほとん ど存在していなかった。  人間達は天敵と呼ぶのも馬鹿らしいほどに、圧倒的な力量差を持つジュエルガイストに 一方的に狩られている。  わずかながらでも対抗できる手段を持った連中もいたが、その数は話にならないほど少 なく、また最強クラスの力量を持った者達に至ってはこの世界にすら存在していない。  誰も……彼女を助ける余裕を持ち合わせてはいなかった。  そんな事を知る由もない彼女は、一縷の希望をかけて叫び続ける。 キシャァァッッ  が、その努力を嘲うかのように、トリオップス達は奇声をあげ、思い思いに女体に群が る。異形の物が体を蹂躙する嫌悪と恐怖で、彼女は死を覚悟して強く目をつぶった。 ヌチョリ……  覚悟した瞬間はやってこなかった。 「え?」 ヌチョ……ヌチョ……ヌチョ…ヌチョ…ヌチョヌチョヌチョヌチョヌチョヌチョ 「いやぁっっ」  無数の肢が、そして触手が彼女の肢体にまとわりつく。それだけでもおぞましいもので あるが、さらに触手からは得体の知れない粘液が分泌されている。 「ぁ……ぁ……」  それは服の内部にまで入り込み、その肌を汚していく。うちの一本が乳首に巻きつき、 それを扱きはじめた。 「あ、や・・」  弱々しい否定の言葉が口から漏れる。  同時にそれは甘い響きも含んでいた。  四肢に力が入らないのに、内臓が、いやもっと限定されて子宮のあたりだけが奇妙に熱 い。それはトリオップスの麻痺触手から出る、催淫作用を伴った麻痺毒の影響であった。 (こんな時に気持ちよくなるなんて……)  今度の嫌悪感は、己に向けたものであった。  だが一旦意識してしまった快楽は、留まる事を知らず高まっていく。得体の知れない粘 液にまみれ、化け物に蹂躙されてるというのに。それとも、この異常な状況が彼女をより 昂ぶらせる事となったのであろうか。 「ひうっ」  ひくんっと、彼女の肢体が震える。トリオップスの与えた強制的な快感に、ついに絶頂 へと追いやられたのだ。 「こんなの……やだ…たす…むぐぅっ」  異形の肉欲におののくその口に、二匹分の触手がねじり込まれた。 「む…むぅぅぅっっ」  それらの触手は競うように喉を犯し、自らも快楽を貪りながら、同時に粘液で口腔内を 性感帯へと改造していく。  それは恐怖以外のなにものでもない。  汚らしい触手が彼女の口の中で、好き勝手に暴れ回る。抵抗しようにも、麻痺毒のため に顎に力は入らず、あまつさえ、それが気持ち良いのだ。 (なんでっ。こんなこんな汚いものをっ)  そんな恥辱の意識でさえ、毒が快楽へと変化させていく。彼女にしてみれば、いっそつ らいだけの方がどれだけマシであったろう。  無論、陵辱車達はそれだけで満足するはずも無い。 みちり……  別の触手が膣口にあてがわれる。 (まさか……)  と思う暇すらなく、触手が膣内に侵入する。彼女のそこは、既に一度絶頂を迎えた事で 異物を受け入れやすくなっていた。  だが一本だけでなく、二本、三本と挿入されると、さすがにきつくなってくる。それで も彼女が受ける刺激は苦痛よりも快楽のほうが勝っていた。  甘美な肉欲が彼女の思考を塗りつぶしていく。それを与えているのがこうも醜悪な生物 でなければ、とうにそれに溺れていただろう。  たけり狂う触手はその欲望を、哀れな女性の膣内に叩きつける。子宮口を貫かんばかり の勢いに、彼女はこれまでの人生で味わった事の無い苦痛と快楽に襲われる。 「っ……ぅぅっっ………」 (だめぇ、こんなこんなにおぞましいのに)  理性がいくら拒否しようとも、暴力的なまでの悦楽に彼女の体は蕩けていく。ダメ押し をするかのように連続で絶頂に追いやられ、抵抗する力はほとんど削ぎとられた。  それを見計らったかのように、触手はいっそう勢いを増す。  そして…… ドクッドクッドクッ (あ、あああぁぁ)  子宮にトリオップスの精液がぶちまけられた。これまでにない絶望と嫌悪が彼女を襲う。 彼女はなにも、これを生殖行為として認識していたわけではない。  だが愛する人の子種だけが侵入を許されるはずのそこを、得体の知れない怪物の体液に 蹂躙されたというだけでも、充分すぎるほどの恥辱だ。  なおかつ、その弾みで再び絶頂に達してしまった事が、自ら愛する人を裏切り、彼との 美しい汚してしまったという罪悪感を呼び起こす。  彼女の心はその認識に、完全に折れ砕けた。とめどなく涙を流しながら、心まで汚し尽 くされた事に絶望する。  ジュエルガイスト達はその涙と絶望の表情こそが、至高の餌だといわんばかりに陵辱の 激しさを増していく。  あぶれた触手に尻の穴まで犯されながら、彼女はゆっくりと理性と正気を手放していく。  そして、異形の快楽に完全に身を委ねた………  病院のベッドで彼女は朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。  美味しい。  生きている事の喜びを実感する。  あの日。謎の都市災害に襲われ、彼女は結婚式を翌日に控えた最愛の人を失った。あま りの悲しみの為だろう。そのときの記憶は定かではない。  あれから何度、自ら命を絶とうと思ったか。  それを止めたのは、おなかに宿った小さな命だった。  愛する人の忘れ形見。それが自らの胎内に宿っている事を知った時、彼女は生きる決意 を固めた。  そして臨月を迎えた今。彼女は産婦人科のベッドで大きくなったお腹をいとおしげに撫 でる。  愛する人と暮らしてゆく事は出来なくなったけど、彼との愛の結晶と歩む事は出来る。  そう。彼との間に育むはずだった家庭を、この子と立派に作り上げていこう……  幸せに微笑む彼女の胎内で、胎児の瞳が怪しく緋に輝いた。